ここのところは
色んな事象に心を痛めたりしてきた。
その痛めた事象の中で、
1つ確実なことを想った。
「幸せになりたい」
シンプルで、極めてキレイな想いだった。
少なくとも、自分の中では。
それはもう彼是、6、7年前に忘れ去られてた感情で
2度と現れることはないだろうと
それでいい、とさえ思っていたこと。
そんな中
自分が愛せる人をきちんと愛すこと
それが、自分にとって
「幸せになること」
の大前提の様な気がしたからだった。
誤解を恐れず、正直に言うと恋愛観なんて
人それぞれが色んなことを思うから
違うもので、それが相容れることなんてきっとないし
それをどうにかしてクロスさせること自体が無理なことで
じゃあ、どうするの?
って行き着いた所が
「自分が幸せになること」
だった。
自己中で、相手のことを考えていないようだけど
実は、これが一番相手にとっても良い
「幸せのカタチ」
なんじゃないかなと思う。
自分の行為が、相手の幸せになってくれればよくて
それは、結果的に自分の幸せに戻ってくれば
いいなぁと。
ただし、この想いを忘れていた訳じゃなくて
きちんと愛すること、を忘れていた。
この想いは心を痛めてきた中で
やっと見つかった僕なりの答えだった。
簡単に愛と言葉では言うけど
これは、言葉で言い現すとものすごく陳腐だし
笑っちゃうくらいに、ちっぽけになってしまう。
でも僕にとって、この言葉を使うこと自体に
抵抗感を持っていたのに
それ以外にしか、言葉を見いだせなくて
伝える表現もそれ以上のものがない気がして
同時に、その言葉が表現としてぴったりだった。
未来永劫続いていくだろう
幸せへの探求を
誰と一緒に、手を繋いで歩いて生きていくか
僕はようやく、その答えを導き出せた気がしてならない。
