The verge of 30 years old

日々の戯言 タグと , への macoto による投稿 (2012/02/23)

特別なことはない。

ちょっとだけ背伸びしてみたかっただけ。
そんなことを思いながら残りの時間を過ごす。

20代最後の日を
20代最初の日にこんな風にして過ごすことは
全く、予想もしていなかったし
もちろん、できるはずもなかった。

だから人生は楽しい。
そう思えたら、幸せなのかもしれない。

ビールが思う存分呑めたり
それなりに好きなことができたり
20代前半だったら出来ないこともできたり。

オトナになることってそういうことなんじゃないかなって。
ちょっと思ったりしている。

10年前はきっと
「年を取りたくない」
とか、そんなことを思っていたはずで
今は、全くそんなことはなくて
寧ろ
「オトナって楽しいよ」
って思う。

オマエが思っているよりも自由なんだよって。
ツライ事ばかりじゃないんだよって。

学生のオマエが思っていたことを
今のオレは覆してやったよ。

その頃のオマエは絶望してたかもね、人生に。
自分のことを「負け犬」だって思っていたね。

でも、がんばったんじゃない?それなりにね。
オトナを否定してたオマエが
今や、「楽しい」って言ってるんだから
オレは幸せだよ。

20代はとにかく「修行」だと思っていた。
仕事ではツライ思いを沢山したけど
きっと30代も一緒なんだね。
もしかしたら、もっとツライかもしれない。
そういった意味じゃ、ずっと「修行」なのかもしれない。

ちょうど10年後の今日も同じように
「オトナって楽しいよ」
って言えるように、オレは明日も明後日も
そして、10年後も生きていこうと思ってる。

山積みの仕事を目の前にビールとタバコを味わいながら。

いつも厄介な自分の心と闘いながら。

2012.02.23
30才を目前にして。

Next decade

日々の戯言 タグと への macoto による投稿 (2012/02/19)

次の10年を過ごすための準備を進めている。

新たな「場所」
新たな「家族」

自分は何も変わらない。
周りの環境を変えることでの自分への期待感。

30代の10年間を過ごす、僕にとっての大事な時間。

先は見えない。
でも、楽しみに満ちている、そう思う。

どう生きていくか
そんな大層なことはどうでも良くて
やっぱり、自分が愛する周りの人たちと
一緒に幸せになるために、楽しくしていたい。

そんな感じでいいんだと思う。
いろんなことを経験しすぎた20代。

ちょっとだけ後悔することがあるなら
「メンター」を見つけられなかったこと。

尊敬する人は沢山いるけど
そんな人達と一緒に仕事をしながら教えを乞うということが
できなかった。

自ら、そういった環境で動けずに
ただ、黙々と目の前に対してコミットする中で
色々と発見と絶望を繰り返しながら生きてきた。

自分の考えばかりで仕事してきた後悔というのは
意外と大きなモノでもある。

経験は何にも代え難い。
人生の足跡として、何を残すかというのは
振り返ってみると、感慨深いものでもある。

さて。
次の10年。
「Enjoy」したい。

End Of The 20s

日々の戯言 タグと , への macoto による投稿 (2012/02/08)

ゆっくりとその火が消えようとしている。
それには全く抗うことはできなくて
もがくこともできない。

もうすぐ20代の10年が終ろうとしている。

自己中心的な20代の前半
それが悪化した20代の後半

残りの1年だけは
自分の心に素直になれた気がする。
恐らく、それを見つけるための9年間だったのではないかと、
今振り返るとそんなことを思える。

自分の好きなもので周りを固めようという意志が
きちんとカタチになったのが29になるちょっと前。

それまでの9年間はそれに気付く為の時間と思えば、
それは1つも無駄ではなかったようにも感じる。
仕方ない、本来頭は良くないし、要領も悪い。

それでいて自分勝手に生きてきた。

報われない自分のことをいつもどこかで
「不幸」だと思い、それを演じてきた。
それは仮の姿で、どこかで誰かに分かってほしいと願って病まなかった。

そんな9年間だった様にも思えるし
2年前に何を思っていたかさえも思い出せないのに
10年前のことを思い出そうとしても今は無駄の様に感じる。

ただ、この10年間は思った以上に自分の自我という
ムチャクチャ厄介な所を自分自身で舐め回しては悦に入っていた。

自分探しなど、何をしても見つからないし
それは幾つになってもするものだと、悟った。
いつも自分が、自分がという前のめりで面倒な性格が
きっと、これが自分なのだと、理解できたのはそれはそれで良かったように思う。

きっと変われない。
変わりたくないのかも知れない。

それでも、20代の最後の1年間を
とても穏やかで、平和な気持ちで生きられたことを
周りの人に感謝したい。

とても穏やかな気持ちでとても幸せで平和な時間だけが
ゆっくりと目の前を通り過ぎて行く。
法廷速度を守るハズもない深夜の122号を猛烈な勢いで走る過ぎる車の音ををBGMに。
時折、隣で君の寝息が交差して変なリズムを刻むのを面白がりながら。

確実に時を重ねて、その結果、30年を積み上げた。
積み上げたというと、なんともオコガマシイ。

生かされている、最中。
何も分かってない、ことを悟って、重ねる年月。

自己中心的な20代が終ろうとしている。

Unfortunately Thinking

日々の戯言 タグと , への macoto による投稿 (2012/01/21)

いろんな想いを抱えたままのこの状況じゃ
自分を失う気がする。

残念な思考ばかりで
誰も前を向こうとしない悲しい現実。

1人ずつ問い詰めたい。
今、ここにいて楽しいですか?
楽しめていますか?

1日の大半を費やすのに
ただ席に座ってるだけで、何のために
誰のためにと。

それが無駄なことはわかってる。
そういう組織から僕が抜け出せばいいだけの話。

圧倒的な「愛」と
圧倒的な「自信」がない。

そして、大方の人はこう云う。
「何か専門的な技術を持っている人はいいよね」

それがただの言い訳で
自分のことをただ、守っているだけだと
気づいていない。

自分に絶望していることを認めたくないが故の残念な思考。

http://goo.gl/is73d

2011 in review

日々の戯言 タグと への macoto による投稿 (2012/01/01)

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